大東流合気柔術
正伝幸道会 札幌中央支部
DAITORYU AIKIJUJUTSU
SEIDEN KODOKAI SAPPORO CHUO SHIBU

伝統の会津御止技
【大東流合気柔術とは】
約900年前に新羅三郎源義光を始祖とした、歴代甲斐武田家に伝わる秘術と言われています。
武田信玄他界後、武田国継が天正二年甲戌弥生会津国司芦名盛氏の地頭となりました。以来この秘術は会津武田家に伝えらえ、後々これが会津御止技となり重臣にのみ伝授され門外不出であったとも言われています。
明治維新後、大東流中興の祖と呼ばれる武田惣角源正義にいたり、秘めていた合気柔術を世に公開、指導されたものです。
【武田惣角と北海道】
武田惣角は全国を放浪して大東流の技法を多数の人々に教授しました。
特に永住の地と定めた北海道は、全域にかけて講習をして歩いたことから多くの道場が集中しています。
ホタテの美味しさに惹かれて訪れたと言われる湧別では、堀川幸道先生が入門し、後に合気柔術を伝えていくことになります。

「合気の技法」の伝承
【堀川幸道名人(1894年~1980年)】
20歳頃、父の堀川泰宗より大東流合気柔術を学び始め、大正3年に武田惣角に入門。
僻地校における教育に献身される一方、大東流を学び「秘伝目録」「秘伝奥義目録」「秘伝合気奥義目録」等を授かり免許皆伝を許された。
昭和25年、湧別町で大東流合気柔術 幸道会を設立。
昭和49年には元高等裁判所長官であった石田和外氏の提唱により、町村金五(自治大臣)、大塚博紀(和道流空手道名人)、堂垣内尚弘(北海道知事)ら8名の連名によって永世名人位を贈られた。
身長150㎝、体重52㎏の小柄な達人であった。
【加藤富春先生】
湧別町に生まれ、20歳の時に幸道会に入門。
昭和55年、堀川幸道先生より師範を免許される。
堀川幸道先生より伝わる「合気の技法」を正しく後世へ伝承するため、平成16年大東流合気柔術 正伝幸道会を設立。